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第10回 モリ家の新築プロジェクト進行中―トヨタ・ウィッシュなんてイヤなのよ―

【森 慶太】
1966年静岡県生まれ。
筑波大卒。
自動車雑誌編集部を経て96年からフリーランスに。
著書に、「乗れるクルマ、乗ってはいけないクルマ」(三笠書房) 「『中古車選び』これだけは知っておけ!」(三笠書房)など。



東南角地の22坪を購入

 なんともハヤ、家を建てることになってしまった。ちょっと前までそんなこと、考えてもいなかったのに。我ながら、実にあらまあ。

 順序だててお話ししますと、まず最近ウチに子供が生まれた。それはまあメデタイことなんだけど、ひと段落したらフーフ共働きを再開しないとイカン(なんせオットの稼ぎがアレだから)のでしばらくしたら保育所に預けないといけない。その際の送り迎えの便を考えると、オットおよびツマが働いている場所に近いところに引っ越さないといけない。川崎市宮前区、ではちょっと遠すぎて生活が成り立たない。

 じゃあ都内23区だ。たとえば集合住宅を賃借するとして、駐車場2台ぶんや管理費やらナニやらふくめると家賃がコレコレ。あるいは、チンタイじゃなく買うとしてコレコレ。で、それは実は駐車場つきのささやかなコダテを買ってローンを払い続ける際の負担とほとんど変わらない。あらまあ。

 じゃあコダテ購入だ、ということで某仲介業者を訪れた。最初は中古住宅つきの物件でいいと思っていたのに、「それだと保証関係がちょっと……」といわれ「じゃあ新築建て売りを」。都内の物件をいくつか見学したんだけど、「やっぱクルマ2台を横並びでカンペキ屋根の下に停められないと」といったら「そんなモンありません」。あらまあ。

 したら後日その仲介業者から電話があって、「いーいデモノがありました」(笑)。そのデモノは土地ノミ物件で、敷地面積約22坪のほぼ正方形。横並び2台屋根下も、これならオッケーそう。しかも東南角地の日当たり良好。ということで買っちゃった。ちなみにアタマ金およびその後のローンの支払いは大半がツマの負担。私の稼ぎがアレなことに加えて、信用ないんです。フリーランスで半ズボンの雑誌ライターにはからっきし。

 



見識なきモノ選びってタイヘン


 で、問題は家。こっからが今回の本題というかエッセー(笑)らしいところなんだけど、いざイチから建てるとなったときにモリ夫婦はハタと困ったわけです。というのは、どういうのがいいかってきかれても困るから。

 少なくとも私の場合、スパッと説明することができない。すでにあるモノを目の前にしてアーダコーダいうのは職業がらまだしも簡単なんだけど、モノがナイとこでナンかいうのがこれほどタイヘンだったとはねえ。「クルマ2台横並びでカンペキ屋根の下」って、それは正確には住居じゃなくてガレージ部分の話だし。

 なもんで当初は、その土地物件のためにサンプルとして描かれた間取り図のまま仲介業者さん仲良しの建築業者さんにオマカセしようというムードになった。で、「出来上がりは概略こんな感じになります」なんつって物件を見たりもした。見て、「あーイーんじゃないの?」なんて私は思った。あとはもう、ご予算とお好みに応じて外壁がどれ床材がどれとやってけば……。

 でも、そこで「ちょっと待てよ」と。クルマでいうと、これはたとえばトヨタ・ウィッシュを買うのと同じようなことではないかと。あらまあ。クルマだったら、私はウィッシュなんて絶対にイヤだ。信念にかけて買いたくない。知り合いが買おうとしてたら全力で引き止める。

 たとえばルノー・セニックとか、あるいはフィアット・ムルティプラのような家だったらこれはカンペキ文句なし。なんだけど、説明通じないでしょ。仲介業者の人に「ムルチみたいな家がいい」つったって絶対。広報車のムルチ見てギョーテンしてたぐらいだから。そこでまた困るわけだ。

 また一方で、たとえば外断熱がどうの通気システムがどうのっていうことがやたらと気になりはじめる。いざイチから建てるとなると。でもってこのへんは、クルマでいうとオートマが4段か5段かとかサンルーフがつくかつかないかとかそういうレベルでしょう。あるいは、ボディの防錆保証が何年あるかとか。剛性がどうかとか。クルマだったら「そんなこと気にしてるバーイじゃないよ!(もっと大事な基本的なことがあるでしょう!)」ってスッキリいえるレベルのことが、しかし家だとさっぱりダメ。

 そしてそれは、クルマと較べて家が非常に高価な買いモノだからということでは必ずしもない。要するに、買う側のこっちに見る目や知識や経験やそれらによって作られたスタンスその他がちゃんと備わってないからなんですね。キビシイことに。モノを選んで買うって、タイヘンなことですよ。エネルギー要るですよ。

 改めてわかったことだけど、クルマだって買う側にそれなりのナニモノかがなかったら同じようにウロウロ迷うことになる。「ムルチはフィアットだしなあ」とか「オートマないしなあ」なんつって。そのオートマがアタリマエについている日本のクルマがホントにラクで快適な乗りモノかなんて、別に考えたりもしないで(実際はラクでも快適でもない場合がほとんど)。

 こういっちゃナンだけど、クルマだってあんまりオイソレとは買ったり買い換えたりしたくないよね。疲れるから。たとえモノがCD1枚(か2枚)だって、選んで買うのは疲れるよ。クラフトワークにするかU2にするか、あるいはその両方買っとくか、みたいな感じで。


ライフスタイルを中心にした家のデザイン

 あとそう、クルマと違って家の場合は、特にアリモンを買うんじゃない場合は、クルマでいうパッケージングから考えないといけない。どういうクルマ(家)にするかっていうそれはかなり根本的なアイデアに直接関わってくる部分だから、非常に難しい。だって、いきなりジウジアーロをやれってことになったようなもんだから。もちろん、実際はプロの人がちゃんといてくれるんだけど。

「新築するからにはゼヒとも書斎を……」とか、そういうドリームは全然ない。クルマでいうと「せっかくだから3列シートはほしいわねえ……。アラこれ、畳めて便利」なんていうところで喜んじゃったりするほど私はナイーブ(翻訳すると単細胞)ではない。もちろん、土地および建物の全長×全幅×全高にかなりシビアなシバリがあることもわかっている。だからして、軽自動車のプラットフォームでアルファードを作ろうなんてことは考えていない。いないんだけど、ヤッパ家ってクルマと違った種類の難しさがある。

 ひとつ進歩したなと思ったのは、「ハードウェア側から発想しちゃダメなのかもしれない」って気がついたことですかね。ハードウェアから考えると、たとえば門構えがどうのRC=鉄筋コンクリートと木造の違いがどうのリビングが何畳あってどうのっていうところに落っこちていっちゃうから。

 そうじゃなくて、その家へ近づき入ってそしてそのなかで実際に私がどう行動するか、あるいはどう行動できたらいいか、を考える。できるだけキッチリとシミュレーションをやってみる。で、出てきた発想はというと……。やっぱクルマ関係が中心なんすけどね。

 まず、車庫入れする前にいったんクルマから降りなくていいのがいい。シャッターありのガレージだったら、そのシャッターはリモコン一発で開けられないといけない。そして、手荷物(ゴチャゴチャ多いんだ私の場合は)を抱えて車外へ出たらあとはロック等せずそのまんまクルマから去りたい。もちろん、雨に濡れることなど一切なしに。ああ便利。

 細かいようだけど、これはけっこう真剣。というのは、私の場合、車庫入れ準備や荷物持ち出しやその他の作業がツラいとそれがものすごいストレスになる。けっこうゴキゲンで帰宅ドライブをして家について、でもそこのストレスでグターッとなっちゃう。

 グターッとなっちゃうとどうなるかというと、家でやろうと思ってた仕事をやる気が失せる。ビール飲んでマンガ読んで寝ちゃうから原稿提出が遅れる。翌日早朝が望ましいところなのに、翌日午後になったりする。で、その数時間をムダにしないために家を新築する。といっても大げさではないくらい、かもしれない。少なくとも私的には。想像でいってるんじゃなく、これはすでに過去何度もあったことなんで。

 もちろん、そっち側からだけ考えればいいっていうもんでもない。たとえばの話、「運転席ヒップポイントが地上から○mmぐらいにあるのがいいクルマ」っていうのと同じようなことだから、それは。ヒップポイント高の数字だけでいいクルマになるんならトヨタ・ウィッシュだって素晴らしいクルマだし。


住宅建築から学んだこと

 と、概略そういうような感じでモリ家の新築プロジェクトはぼちぼち進んでいる。4月中旬時点で外観含め図面上はほぼカタチが固まっていて、それはいま借りてる家を設計した人(現在チュニジアに長期出張中なんで仕事頼めず)のトモダチの建築家の人(生物学上はカンペキ日本人なんだけど後天的事情によりメンタル上は40%ぐらいフランス人)にやってもらった。正確には1人じゃなく2人で、その2人は簡単にいうと夫婦。

 ムルチ君みたいな家が実際どういうものか説明するのはムリだけど、幸運にも今回はデザイナー=建築家がけっこうムルチだった。ミニバンなのにオートマなし、みたいな感じでいいのよ実に。私ら夫婦と気があうというか。打ち合わせにいってそこんちでムール貝の蒸したの食ってクスクス食ってシャンペン飲んでいい気分。たとえばの話、トヨタのセールスマンが「いい人なんだけどどうも話あわねえなあ」だったのもそれで解決。だからもう、外観とかそういうところは基本的に完全おまかせモードでイケる。

と思っていたら、念のためやってみたボーリング調査で地盤がちょっとユルいことが判明。これはまあ、喜びいさんで買ったメガーヌが考えてみたら長期在庫で不動歴の長いシコりもんだった、みたいなもんですか。なんか、地下6.5mのとこまでコンクリの太い杭を打ち込んでその上に家全体をマウントしないといけないみたい。フロア剛性の不足を補うために割くコストは、ひょっとして上屋を全面RCから一部木造にコストダウンすることで帳尻を合わせないといけないかもしれない。そうすれば軽量化もできるし。

 あと最後に、これも今回のことでわかったことだけど、すでにあるモノのなかから選んで買えるってのはいいことですよ。「選んで買うのは疲れる」っていうさっきの記述と矛盾するようだけど。

だって、たとえばクルマで世界にそれだけしかない自分専用のスペシャルな1台って乗りたくないもん。どこにでも普通にあるようなモノのなかから自分用にチョイス(笑)、正確にはチューズしたい。もちろん、イタリアには普通にあるけど日本じゃ珍しい、っていうぐらいのモノがほしくなるときもそれはそれで大いにある。人情ですわね。

 でも私、モノ、あるいは自分が選んだモノによって自分の個性を表現するなんてことは基本的にしたくない。クルマでも家でも、たとえば全国共通強制お仕着せ規格で「これにしなさい」っていうのがあればそれでもいい。もちろんちゃんと考えて作られたモノでないとイヤだけど、そういう暴力的なやりかたに実は密かにひかれるモノがある。かつてのVW(ビートル)の国民車構想なんて、いいですよ。その意味では。いっそ、VW(ビートル)じゃなくてパブリカでもいい。ウィッシュじゃイヤだけど絶対。

「個人住宅ってナンだろう?」なんて、そんなことまで考えていくつか本読んだりもしてけっこう学ぶところがあった。それをあと1年、いや半年でもいいから早くからやれていたら、またずいぶん事情も違ったろうなあ。いまはホント、泥縄式だから。やってることが。「フランク・ロイド・ライトがやったみたいな家、2000万円で建ててください」とか、いまさらいったら呆れられるよ。きっと。





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