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第10回 きわめてオトコらしい乗りアジ Maserati 222


【森 慶太】
1966年静岡県生まれ。
筑波大卒。
自動車雑誌編集部を経て96年からフリーランスに。
著書に、「乗れるクルマ、乗ってはいけないクルマ」(三笠書房) 「『中古車選び』これだけは知っておけ!」(三笠書房) 「買って得するクルマ損するクルマ―新車購入全371台徹底ガイド」 (講談社)他多数。最近、子供も生まれ、家も建て、ますます精力的に世界中を飛び回っている。


 22歳で免許を取り、自動車雑誌『NAVI』に入社したときにはバリバリの若葉マーク。
廃車寸前の86レビンで夜毎筑波パープルラインに通い、みるみる運転の腕前を上げていった若き日の森慶太は、それから10余年、今や気鋭の自動車ジャーナリスト。
明快な論点、みずみずしい視点、の森慶太が駆る。イタリア車ははたしてどうなのか。


ミョーに程度良し



雑貨店のお客さんで、ナカタニさんというワカモノがいる。今回はそのナカタニさんのマセラティに乗らしてもらった。たしか90年の222。焼鳥屋のパートタイムジョブもやっている、二十歳の学生のマイカー第一号。

 アチコチ探しまくって「ピンときた」のがこれだったらしい。新車でいうとカローラの安いヤツぐらいの車両代で、これまで大きなトラブルは別にない。購入後約半年で、走行距離は7000kmとかそんぐらい。11年落ち(当時)のマセラティが昨年の日本の夏をしのいだ、というのは非常に価値あるニュースかもしれない。あるいは、多くの中古マセラティには当てはまらない希なケースかもしれない。

 そもそもこの222、内外観からしてミョーに程度がいい。ダーク・アクアマリーナ・メタリックの塗装の表面のツヤといい、あるいはレザー張りダッシュボードのお肌のコンデションといい、さらにはその縫い目がどっこも裂けてないとこといい、明らかにガレージ保管が長かった感じだ。というか、大量の紫外線を浴びまくってはいない感じだ。それと、シートの程度も表皮といいクッションといいぜーんぜん問題なし。トランクについてる七宝焼のバッジなんてまるで新品、と思ったら雑貨店で買ってつけたばかりのモノだった。ちなみに、モトのは割れたらしい。



Not under the control of Ferrari

 「でも、なんか調子よくないんですよ」とナカタニさん。アイドリング時の振動が大きめで、「ひょっとしてマウントじゃないかと……」。が、乗ってみたところ全然大したことなし。回転がちょっとラフになってるだけ。マウントがイッてるクルマの振動は、こんなもんじゃないですよ。それこそ、歯がガチガチいうぐらいスゴいから。




 ハズしたらゴメン!の覚悟でシロート見解を披露すると、おそらくバルブのクリアランスを指定値にキッチリ揃えるとこのテはピタッと止む。ハイドロリック・ラッシュ・アジャスター(いわゆる油圧タペット調整機構)なんてシャレたものはついてないだろうから。

 「あと、駆動系からバックラッシュが出てるんですけど」。バックラッシュとはいわゆるガタ。たしかに、負荷や変速やその他の状況がツボにハマッてしまうとカクンと出ることがある。多くの日本車と違ってトルコンがシャラシャラじゃない(これはいいこと)なぶんわかりやすいということもあるでしょう。

 聞いて感心したことに、ナカタニさんはスロットルペダルを踏み込むときも戻すときもそのガタを極力ださないよう気をつけているらしい。ドライバーの身体センサーを知らず知らず敏感に高精度にしてしまうところがマセラティにはたしかにあるけれど、それにしてもマジでエラい!  

 初めてマイカーをもって半年そこそこの最近の若いモンとは思えない。そういう感覚で接すれば、たとえばオートマの日本車が必ずしも運転しやすいわけではないってことがよくわかりますよ。初めてのマイカーがマセラティっていうのは、ある意味正解かもしれない。  

 実際、マセラティは基本的に運転しやすいクルマだと思う。運転姿勢や操作系の感触が少なからずカワッテはいても、タイヤとドライバーの手足の間のどこかに局部的にアイマイなグニャ系のナニモノかが挟まっていない。たとえば操舵反力にしても、いわゆるズシッと重い系ではないし路面からのインフォメーションが豊かなほうでもないけれど、ダッシュボードの向こうへ伸びているシャフトが目に見えるような感じでスッキリ芯が通っている。全体として、きわめてオトコらしい乗りアジになっている。  

 ただし、クワトロポルテのエボ(エボになる前のは乗ったことがない)や3200GTと較べるとシートは別モノのようにフンワリ系。それがタマラナイというマニアもいるときく。そのフンワリ系、第一印象のよさのみで勝負系かと思いきや都内を1時間ほど乗ってもまったく違和感なかった。誇張なし、身じろぎひとつすることなく快適に座っていられた。伸縮性豊かな表皮の印象も含めて、抜群のフィット感。モノの15分でイヤになるシートのクルマも多いなか、大したもんである。だいたいこれ、12年オチの中古車なのに。



五感に伝わる昔気質



ちなみに、フンワリ系をやめて以降のマセラティのシートもあれはあれで超絶素晴らしい。ヘニャいブッシュの入らないガチッとしたアシにミシュランMXX3を履いたあの乗り心地。フツーの道をフツーの速度でただ真っ直ぐ走っているだけでイキそうになる。

 あとエンジン。アルファやフェラーリと違って、排気音その他で泣きのサウンドをやたらと演出しないのがマセラティ流。そのかわり、このV6はいかにもブロックの壁が分厚そうでタマラナイ。ダイエットでペラペラになってしまった最近のエンジンでは絶対に出せないフィーリングが確実にある。よくしたもんで、人間てわかっちゃうのよ。そういうの。  

 いわゆるボディ剛性が高いほうでは間違いなくないけれど(ただし、アシの取りつけ部とかのいわゆる局部剛性はガッチリしているのだと思う)、鉄板のアジもまた濃厚。クルマの作りかたのロジックそのものが古い、あるいは昔気質である、ということなのかもしれない。こういうのに乗ってアジを身体で覚えちゃうと、日本車をはじめ最近のクルマはさしずめカップラーメンとしか思えなくなる。イイのワルいの違いがあったとしても、しょせんはカップラーメンの世界の出来事。もちろん、そのカップラーメンを積極的に食いたくなるときだってあるわけだけど。

 原宿駅前を出発点に、池尻から首都高に乗って用賀で降りてニーヨンロクで再び出発点まで。と、これが今回の試乗ルートのすべて。「こんなんで終わりなんスか?」とナカタニさんはいっていたけれど、でもフツーの道をフツーに走っただけでわかることってのも実は多いのですよ。いやむしろ、そっちのほうが多いかもしれない。ということで。



[Information]
※当ページでは、森慶太氏の試乗車を募集しています。
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