第16回 RETROMOBILEそして愛しのイタリアへ |
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2月9日、飛行機がパリに降り立った時、窓の外はまたしても雨だった。またしても、というのは、昨年の11月に2日間滞在した時も雨だったからで、そのときの記憶もよみがえってきて、飛行機の座席で思わず大きなため息がついて出た。雨が降ると困るのだ。濡れるから。というより、ずぶ濡れになるから。
ホテルが駅から微妙な距離にある。駅というのは空港からパリ市内に向かう電車に乗って約40分、LUXUMBOURG駅。モンパルナスやカルチェ・ラタンに近い。そこからホテルまでが歩いて約10分。タクシーだとおそらく2,3分だけど、近すぎて断られる。歩いていくしかない。片手でスーツケースを牽き、もう一方の手には鞄を持って、では傘などさせないから、結局はずぶ濡れになるのだ。
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各ブースは大盛況。100万円単位のものも売っている。 |
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覚悟を決めて電車に乗ると、4,5駅先で乗り込んできた男がアコーディオンを弾き始めた。車両を移動しながらそうやって演奏をして小銭を集めるのだ。パリの風物詩のようなものだが、クラリネットの人もいれば、サックス、ギターの人もいる。その日のアコーディオンの男の演奏は、思わずこの先の憂鬱な移動の時間を忘れて聞き惚れてしまうほどに上手かった。
こんなことをしなくても食べていけるだろうに。雨に濡れることを厭って頭を悩ます男もいれば、目前の5フラン、10フランを得るために汲々とする男もいる。ひとつの車両の中にだって人生はいろいろ。
結局僕はLUXUMBOURG駅の3つ手前のGARE DE NORD駅で電車を降りて、そこからタクシーでホテルに向かうことにした。
GARE DE NORD駅、つまりパリ北駅は、国際列車の発着駅だけあってとてもエキゾチック、そして広大だった。その広大な駅の中でホテルの方角に近い出口を探しているうちに、コンコースを行ったり来たり、はたまた別のプラットホームに入ったりで、歩きに歩くことになってしまった。2月だというのに汗までかいて、最後には方向感覚も滅茶苦茶になってしまったので、結局は適当な出口から外に出た。
虹がかかっていた。雨なんてとうにやんでいた。 |
☆☆
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翌日、毎年2月にここパリで開催される『RETROMOBILE』に行った。この催しはその名の通り旧いクルマやそれにまつわる部品、アクセサリー、周辺グッズの蚤の市のようなものだが、10日間という開催期間においても、その規模においても、この種のイベントとしてはヨーロッパ最大のものである。
フランスで開催されるだけに、やはり中心はフランス車なのだが、それでもイタリアの業者もそれなりにいるし、自動車の黄金時代の雄、イタリア車に関する部品、アクセサリー、書籍の類は、業者の国籍を問わず多くのブースで目にすることができる。値段も高めで、しかも玉石混交だから、うかうかしているととんでもないものを掴まされる危険性もはらんでいるけれど、それでもこのイベントは楽しい。丹念に見ようとするととても1日では回り切れないほどにたくさんのブースが出ていることもあるけれど、何よりも世の中にはクルマが好きな人がこんなにいるんだ、と改めて実感できるほどの熱気に満ちているからだ。
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書籍のブースには絶版本を中心にコレクターの熱い視線が。 |
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その熱気とは、やはり自動車を育んできたと自負するヨーロッパ独特のもので、かれらの旧い自動車への想いの源泉は、もちろん過ぎ去った時代への郷愁もそこにはあるのだろうけど、それ以上にその時代をともに生きた同伴者としてのクルマへの友情である。ルノーやシトロエン、あるいはアルファロメオへの友情なのだ。だから、友を語るようにクルマを語る。旧知の友の姿を探すように、ブースにディスプレイされた旧いステアリングをじっと見つめる。
コレクターはそれを買い集め、マニアはその細部を語るけれど、ヨーロッパの自動車の伝統の重なりとは、間違いなくその背後にいる市井の人々の持つ自動車への共感の重なりである。
ナショナルカラーをまとったクルマを競わせてきたことも、公道レースが存在しえたことも、F1が今日に至る隆盛を築き上げてきたことも、それはすべからくかれらの自動車への友情のなせる技だということ、それがこの『RETROMOBILE』に来るときっとわかる。怪しげなフェラーリのシャツなんかも売ってたりするけれど…。 |
☆☆☆
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”PEYNET”展覧会のオープニング・セレモニーに押しかけた人々。 |
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『RETROMOBILE』に行った翌日、トリノに向かい、またイタリアでの仕事が始まった。ちょうど滞在中にバレンタインデーがあって、その日の夜、知り合いのRobertoさんに誘われて“PEYNET”の展覧会に行くことになった。
“PEYNET”って何?と訊くと、日本では博物館もあるし有名なはずだ、と言う。これは知らないと恥ずかしいことなのかもしれないが、正直僕は今まで一度も「ペイネ」なんて聞いたこともなかった。行ってみると、フランス人の描く漫画(と言ってはいけないんだろうか)のような一組の恋人の絵、だった。その展覧会なのだ。日本には軽井沢にその美術館があるという。
凄い数の人が集まっていた。フランスでは相当な人気のようで、ここトリノはフランスに近いこともあって、その人気が波及してきている、とのことだった。
婚約をした一組の恋人を描いた絵である。いろいろな種類の絵があるけれど、モチーフはただひとつそれだけだ。チンプンカンプンな僕を見透かしたようにRobertoさんが説明した。
これは恋人たちのもっとも純粋な瞬間を描いたものだ。結婚して失ってしまう前の、愛というもののいちばん純粋な姿を描いたものなんだ。全部の絵がそうだよ。
ふ〜ん、という感じで、僕はその言葉を聞いていた。イタリア人って、そういうのが好きだったんだ。
そうこうするうちに、オープニングセレモニーが始まった。会長と呼ばれてマイクを持った初老の男が、ペイネ、ペイネと連呼する挨拶をして、そのあとに人形集めが趣味といった感じの若い男が、神父の説教のような調子で聴衆に語りかけた。みんなシーンとして聴いている。挨拶が終わると万雷の拍手。
それにしてもなんだか怪しい。愛だとか純粋だとかいってるわきで、ペイネのキーホルダー、マウスパッド、ピンバッジ、画集、ノートなんかも売ったりしている。でも誰も買ってはいない。
最後にこのイベント会場をアレンジしたという赤いドレスの中年の婦人が紹介されて、上気した表情で壇上に立った。そしてちょぴり長い挨拶。万雷の拍手。ようやく会場に入場となった。
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これが件のペイネ。どこかで見たことがあるといえばあるような。 |
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ペイネのポスター、絵、ポストカード、人形なんかがこれでもかとばかりに並んでいる。真面目に見てやろうと気構えてみたものの、やっぱりいまひとつピンとこなかった。
そのうち、チャオ、チャオ、ベーネ、ベーネが始まった。みんな絵を見るより、そこで出会った知人との会話に熱中し始めたのだ。さらに、2階にワインと軽食が用意されているとアナウンスが入ったとたんに、みんなそちらに移動をはじめた。もう誰もがペイネを忘れているように思えた。
でもこれがイタリアだ。人付き合いがすべての基本の国だから、みんな誰かのためにこのペイネにもやってくる。説教のような話にも物音ひとつたてずに聞き入ってみせる。儀式を儀式として成り立たせる手立てを知っているのだ。
ワインを手に壁際に立っていると、Robertoさんの妻、Elizabetaさんがやってきた。
ペイネが好きなの?と訊いたら、ニヤっと笑って、ノー!と言った。その笑顔がとっても良かった。 |