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ようやく客だ!と思ったら単なる近所に住む知り合いの男。大柄のフランカは当たり前だけど大きい。正々堂々、投げ飛ばされそうだ。これが商売にとってひとつの障害かもしれない。 |
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とうとうフランカと知り合いになってしまった。フランカは僕の住む1階の部屋の10mほど先の道端を根城にするオカマの売春「婦」。身長180cmほどの大柄で、ほとんど毎日僕の部屋の窓のすぐ外に立っている。
僕は住宅地ともオフィス街ともつかない地区に住んでいるのだけど、ここは昼間から四つ角ごとに売春婦が立つので有名だ。タクシーに行き先を告げるのに、マダマ・クリスティーナ通りの近くの売春婦が立っているところ、と言えば、簡単にわかってもらえる。便利である。
そのフランカとはここに住み始めた5月以来、頻繁に顔を合わせるようになった。その前から、僕は「彼女」がオカマの売春「婦」だということは誰からとはなく聞いて知っていた。でも、顔を合わせると言っても、お互いに無言で、小心者の僕は目が合うとすぐ視線を逸らしてしまうし、フランカはフランカで、あんたなんかに用はないよ、といわんばかりにツンとしていた。
それがこの11月。出先からクルマで戻ってくると、ガレージの前に水色のFIATブラーバが斜めに鼻先を突っ込んでいて、クルマを入れることができない状態だった。腹立ち紛れにクラクションを何度か鳴らしていると、小走りにやって来たのがフランカだった。
ごめんなさい、まだ、2,3分しか停めてないのよ、と太い声で悪びれずに言う。これじゃ入れないから困るからね、と文句を言う僕に、ここに住んでるの?なんて訊いたりする。知ってるくせに。
ああ、とぶっきらぼうに答える僕に、今度は、中国人?と訊いてきた。いや、日本人。それにしても、クルマはまだそのままである。早くどけてくれよ、と思ったけど、ついでとばかりに名前を訊いた。フランカ、と即座に「彼女」は答えたけど、これは女の名前だからほんとは違う。フランコじゃないのか? でも、そうやって名前を知った。
それからは台所の窓を開けると「彼女」がいて、ボンジョルノ!の毎日になった。「彼女」は結構人懐こくって、あまり窓を長く開けてるといろいろ話しかけてくるので、すぐに閉めることにしている。なぜだか話してるとそわそわしてきてしまう。
それにしても、1日中見ているわけではないから正確にはわからないけど、立っている姿ばかりを目にする。暇を持て余して路上の鳩を蹴飛ばそうとしている時もある。はたして客がついてるのだろうか、なんて心配していたら、つい先日、初老の白髪の男がクルマに「彼女」を招き入れているのを目撃した。仕事だね、フランカ。良かったな、フランカ。
「彼女」と面と向かって話すのは相変わらず苦手だけど、なんとなく僕は自分の住むこの辺りが好きである。フランカがただひたすら立ち続ける窓の内側で、隣の夫婦は大声で喧嘩しているし、僕はシューマッハのサインの入った額を一心不乱に磨いていたりする。路上にも窓のこちら側にもそれぞれ生活があって、その距離が言葉を交わしあうほどに近い。
人は世界のあらゆるところでいろいろだ。それは当たり前のことだけど、改めて今日もまた、そうなんだな、と僕は思っている。 |